▼ デザインモック(TokaPro制作・提案用)|二代目・三代目の記述は要事実確認 ▼

OUR PHILOSOPHY — 私たちの想い

つくる農業から、
まもる農業へ。

育てて、届けて、備える。
四代95年の畑から、次の世代の食卓まで。
松橋農場が大切にしている考えを、ここにまとめました。

CONCEPT — この言葉に込めたこと

「つくる」の先に、
「まもる」がある。

私たちは95年間、食べものを「つくる」農家でした。けれど2020年、世界が大きく揺れたとき、気づいたことがあります。つくり続けるためには、土も、水も、種も、そして食べてくれる人との関係も——まもらなければいけない、ということ。

つくることは、その日の食卓のため。
まもることは、子どもたちの世代の、その先のため。

世界一の赤身和牛への挑戦も、農家バルも、農家の備蓄も。ばらばらに見える私たちの仕事は、すべてこのひとつの考えから生まれています。

VISION — 目指す未来

食べものの不安が、
ひとつもない未来へ。

「日本に食糧危機は起こりません」。いつか、誰もがそう言い切れるように。海外に頼りすぎない農業と、人と農家が支え合う文化を、この十勝・更別から育てていきます。

MISSION — 私たちの使命

育てる、届ける、備える。
支え合う「食の仕組み」をつくる。

何があっても生産できる農家であり続けること。つくる人と食べる人が直接つながること。そして万が一のときは、互いに助け合えること。CSA(地域が農家を支える仕組み)×食料備蓄×有機農業×ローリングストック——世界でも珍しい4つがひとつになったモデルを、全国の農家仲間へ広げます。

VALUES — 大切にすること
NATURE自然に、正直に。麦と大豆は無肥料・無農薬、種は100%国産。土と環境を回復させながら育てます。
AUTHENTICITY本物を、貫く。日本最古の血統・竹の谷蔓牛とともに、純系黒毛和牛の赤身の美味しさで世界一に挑みます。
CONNECTION顔の見える関係で。農家バルも備蓄も、つくる人と食べる人が名前で呼び合える距離で。
SUCCESSION次の世代へ、手渡す。1930年の入植から四代。受け継いだ畑を、もっと良くして子どもたちへ。

SUCCESSION — 次世代への継承

この畑は、
五つの世代をつなぐバトンです。

1930年、開拓の鍬がおろされてから95年。この畑は、いつの時代も「次の代へ、より良く手渡すこと」を考えてきました。まもる農業は、その続きにあります。

1930 — 初代・松橋広治

秋田から、更別の原野へ

開拓団の一員として河西郡更別村香川区に入植。何もない大地に、最初の鍬を入れました。

二代目

畑を広げ、礎を築く

戦後の激動の時代を畑とともに生き抜き、農場の礎を固めました。(※お名前・エピソードは取材のうえ掲載)

三代目・文男 & 直子

牛と歩んだ時代

酪農と畑作で農場を育て、2014年、最後のホルスタインを見送って次の時代へバトンを渡しました。

2011 — 四代目・泰尋

「まもる農業」へ舵を切る

婿養子として就農した四代目は、世界一の赤身和牛への挑戦、農家バルFOOD BABY、そして農家の備蓄プロジェクトへと農場を広げています。

NEXT — 五代目へ

5人の子どもたちに、堂々と。

「初代から四代紡がれたこの農場を、堂々と子どもたちに渡す」。それが四代目の天命であり、まもる農業のゴールです。

牛舎で子どもと向き合う松橋代表
■ 牛舎にて。「子供達の世代の先」を考えることが、すべての出発点でした。
代表 松橋泰尋
更別の圃場にて。代表・松橋泰尋

MESSAGE — 代表メッセージ

「食べものが無くて本当に困ったときにこそ、
その人に真の喜びを与えられるはずだ。」

私は札幌生まれ。2011年、妻との結婚と出産を機に、農家の婿養子として更別に来ました。松橋農場の四代目です。いまは5人の子どもたちの父でもあります。

生まれてきた理由も、妻と出会った理由も、「初代から四代紡がれたこの農場を、堂々と子どもたちに渡すため」——そう思い定めています。

何のための、誰のための農家か。私たちの答えは「食べものに困らないことを望む、すべての人のための農家でありたい」。責任は重大です。だからこそのやりがいです。せっかく生まれてきた自分の命の使い方を、40歳ではっきりと意思決定した2023年を、私は一生忘れません。

株式会社松橋農場 代表取締役松橋 泰尋MATSUHASHI Yasuhiro — 北海道河西郡更別村